タイトル

美しいものが汚れる、即ちそれ究極の淫なり。

そういえば、自分はマゾヒストだということは常に公言していますが、 自分が本当にマゾなのか自問自答してみました。

女性は神が作りたもうた美の最高傑作です。完璧な存在であると信じています。 そしてその完璧なる美が汚された時、究極の淫靡を感じるのです。 それが私の根本のフェチズムです。そのミスマッチがたまらないのです。 つまりぶっちゃけ汚フェチです。

足を舐めるのがすきです。
風呂に入ってないならなおさら好きです。
脇の匂いを嗅ぐのも好きですし、
顔面騎乗もたまりません。
アナルを舐めるのも大好きです。

これは果たしてSMなのでしょうか? 女王様が

「昨日お風呂入ってなくてクサイでしょ。 でもあなた私が好きだからくさくないよね。こんなのでもおいしいんでしょ?ヘンタイ・・・」

などと言ってくだされば最高です。そして喜んで味わう私はMと言えるでしょう。
でも世の中そううまくはありません。恥ずかしがる人間が 大半でありノーマルなのです。 ことさらに汚い部分を求めようものなら

「そんな恥ずかしいところやめて。」「素晴らしく美味しいよ。」

という関係が成立し、その時点でSとMが逆転してしまうのです。 結局、恥部をさらけ出しているのはMではなくSなのです。 なかなかそういう人はいないです。 世の中的にも本当のSの数は少ないでしょう。Mの方が敷居が低いのです。 結局、SがMを調教するんではなく、Sを調教するのがMなのです。 自分の欲望を満たしてくれるSを育てるのは並大抵ではないでしょう。 私にはまだこの欲求を満たしてくれる主人はいません。 それは切なく、またそれがプレイなのです。奥が深いです。

真のMは、愛するご主人様に命令されることを悦びとしそれ以上の見返りは求めないでしょう。私は自分の欲望を満たしたいだけのフェチ野郎なのです。奥が深いです。