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台風11号関東直撃阻止(2001年8月22日)
またGUCCIが台風の関東直撃を阻止した。 99年10月に来た大型台風の時の時はうちわで扇いで進路変更に成功した。そのときの彼の叫びが忘れられない。「畜生!!俺の力じゃどうしようもないっていうのかよ!!」GUCCIが初めて自分の非力さに気付いたときだった。そして奇跡的に台風は進路を変え関東直撃はまぬがれることができたのだった。 そして今回、GUCCIは速度が遅いところに目をつけ台風の目に飛び込み逆回転して相殺する作戦に出た。作戦は見事成功し、台風は関東にたどりつくまでに力尽きたのである。

赤坂の飲食店大破(2001年6月5日)
2ヶ月程前だが、赤坂のラーメン店が1日で崩壊するという事件があった。同日GUCCIが赤坂に訪問していたという情報から、なんらかのミッションによりGUCCIに破壊されたのではないかと思われるが、アメリカ当局はこれを否定。結局GUCCI個人の私怨ではないかとの説が強まっている。

トルコ人質事件真相究明(2001年4月23日)
高級ホテルにたてこもった政治犯の真の目的は同日スイスホテルで行われていた裏取引に使われた金だった。 GUCCIはアメリカ政府からの依頼によりたてこもり後、取引の警護についた。取引は成立した模様。犯人は投降、事件は解決した。 すべては仕組まれた事で、取引そのもののカモフラージュだったことをGUCCIは知らない。

アフリカ「奴隷船」捜索(2001年4月18日)
アフリカで行方がわからなくなっていた奴隷船の捜索をユニセフからの依頼をうけGUCCIは出動した。「いやな仕事だぜ」。GUCCIは現地で隠居生活している戦友の協力を経て奴隷船を見つけることができたが、船内の生生しい現場を目の当たりしたGUCCIは立ち眩みを起こし倒れてしまった。GUCCIはチームから外され日本へ帰還した。何事にも動じないGUCCIがフラッシュバックした記憶とは何か。

米中衝突事故、捕虜奪還作戦(2001年4月10日)
先の事件において、中国から捕虜は変換されたがその影ではGUCCIが中国に非公式で交渉に赴いていたことが関係筋からの情報で明らかになった。交渉手段は不明だが、話は20分足らずで中国は返還に 応じたらしい。

旧ソ連の遺産(2001年3月23日)
米国政府の本当の目的は冷戦時代のソ連の極秘データの採集だった。GUCCIは23日無事、MIRを素手で受け止める。そこでGUCCIが見たものは、ロシアさえも忘れていた最終兵器「メカゴルビー」だった。そして世界の命運をかけたGUCCI対メカゴルビーの知られざる死闘がはじまった。
MIRに関する報告書

宇宙ステーション墜落阻止(2001年3月13日)
GUCCIは今回、米国政府の依頼を受けミール墜落を素手でうけとめるべく、太平洋へ向かった。支給された物資は軍手2枚。 GUCCIは見事、ミールをうけとめることができるのか? GUCCI最大のミッションが今はじまろうとしている。
MIRに関する報告書

タアコ仮病疑惑(2001年3月5日)
そのウイルスによって倒れていた住人T氏は一日中PSOをやっていたとか。GUCCIの目撃によるとMetal Gear Solid2の体験版を既にやりこんでいたという情報も。

新型ウィルス感染?(2001年2月28日)
昨日GUCCIによって奪取され、その後行方が解らなくなっていたウィルスが発見された。発見場所はGUCCIの現在のアジトである都内○布市の一室。同室の住人がウィルスに感染した模様。ちなみに GUCCIは元気

新型ウィルス奪取(2001年2月27日)
日本政府の依頼を受け都内某所にあるビルに潜入。無事新型ウィルスを奪取に成功したGUCCIだったが、政府に引き渡す直前に紛失。新型ウィルスは一体どこに消えたのだろう・・・・。

タアコ不幸列伝(2001年3月2日)
飲み会のネタとしてミニモニの踊りを練習するが、当日風邪で休む。被害 無駄な時間を過ごした。(何時間かは不明)

ブラジル刑務所暴動鎮圧(2001年2月19日)
GUCCIはアメリカの政府から直接要望をうけ、ブラジル刑務所暴動事件による人質の一人の保護という依頼を遂行した。GUCCIは囚人に成りすまし任務を成功させた。アメリカ政府が守ろうとした人質が何者かは不明。GUCCI本人は連絡用の携帯を忘れていった模様。

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